次の日、トルタはオモチャのピアノを持って、その病室に現れた。クリスの部屋にい
た私は、挨拶だけ済ませてすぐに出ていくトルタについていく。その時の私は、多分、
足を使って歩いていたと思う。その時まで、自分の身体という概念が希薄だったのにも
気がつかないほど、私は自分が何者になっているのかさえわかっていなかった。
 でも、次第に身体が形を取り戻してくるにつれ、その大きさや、形に、驚きを覚えざ
るを得なかった。この身体は、なんだろう? なぜ、私はこんな姿になっているんだろ
う?

 ――その時、すすり泣くようなトルタの歌声が聞こえたのだった。オモチャのピアノ
が、調子外れの音を出している。トルタらしくない、幼稚な音と声。泣き出したくなる
ような、悲しい音楽。

「ねえ……アル……起きてよ。今度は、私が治してあげる番なんだから」

 幼い頃の記憶が、不意に蘇った。風邪を引いたトルタの側で、あのピアノで、私は子
守唄を歌った。その歌を、今はトルタが歌っている。
 それに合わせ、自然に口が動いた。歌うことは好きだったが、私にはその才能がなか
った。だから、それを抑える術を身につけたのに……そのはずだったのに。口から、自
然に声が溢れていく。
 その歌声は、以前の私とは似ても似つかなかった。自分の発した音が、まるで身体の
中を駆けめぐるように反射して、その音の一部になった。歌いたかった自分、なりたか
った自分。
 不意に、ガラスに映る自分の姿を初めて見ることができた。今までは、そんな風に映
ることもなかったのに。
 私は妖精になっているのだとわかった。到底信じられないような話だったが、その姿
には見覚えがあった。
 ファータ。飛べない、愚かな妖精の名前。これが、本当に私の望んだ姿だったんだろ
うか?
 いや、疑うことはできない。私はその姿を受け入れ、かといって、この運命の全てを
受け入れることもできなかった。

「また……明日来るから」

 トルタのその声に、私は物思いから覚めた。言いようのない悲しみが、全身を支配す
る。身体と共に、感情も少しずつ回復してきているみたいだった。
 それにつれて、現実感を伴わなかった悩みも葛藤も、次第に実体をもち始めた。

 

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